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『六月の満月』(一雫ライオン)ができるまで②
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(「『六月の満月』(一雫ライオン)ができるまで①」はこちら)
「すいません、ちょっとまずいことになっちゃって」
ある日の夜、ライオンさんからかかってきた電話。「もしもし」のあと、いきなりこう言われました。結構寒い夜で、ビルの中に入って電話を受けた記憶があります。手帳をひっくり返してみましたが、2022年1月下旬のある日のことでした。手帳には走り書きで「ライオ」と書いてあります。この走り書きに記憶はないのですが、僕も動揺したのでしょう。だって、こう言われたのですから。
「もしかしたら、俺、ガンかもしれなくて」
ライオンさんはひどい頭痛に苦しんでいました。それは私も同じだったので、「頭痛ってつらいですよね」なんて言い合ってもいました。でも、私のは単なる偏頭痛でしたが、ライオンさんのそれはガンに起因する痛みだったのです。数日後、検査結果が出たライオンさんから改めて電話。
「上咽頭がん」
「ステージ4」
「転移あり」
そういう単語だけが妙に強く刻まれました。『二人の嘘』の取材のために金沢に行った時も頭が痛かったこと、その後、『流氷の果て』の取材のために知床に行った時も頭痛はおさまってはいなかったこと。10日ほど前にとある会食があって私も同席したのですが、その会食の時も体調が悪く、でも「ここを乗り切ろう」との思いで我慢していたこと。そんなことを話したライオンさんが呟くようにこう言いました。
「六月の満月、遅れちゃうかもです。せっかく良い物語を考えたのに」
私はその時「それよりもまずはガンと戦いましょう」というようなことを言ったと思うのですが、実は「すごいな」と思ってもいたのです。ガンのステージ4、転移あり、このままだと数ヶ月で死ぬと医者に言われたその日に、「せっかく良い物語を考えたのに」と言えるなんて、と。作家の中に生まれた物語はそれくらい強い存在感を放つのか、と。そして、ライオンさんがそれほど「良い物語」という小説なら、編集者としてそれを担当したいとも思いました。そのためには、ライオンさんにガンと戦ってもらわないといけません(私が言わなくてもわかっていると思うのですが)。
「ガンをやっつけて、今書いてる『流氷の果て』を書き上げます。そしたら有馬さん、『六月の満月』やりましょう」
「もちろんです」と言いながら、僕が思い出したのは『六月の満月』のあらすじです。そこにはこう書かれていました。「光の方向へ行こうとする三人が、運と因果に引きずられる物語」。「三人」ではないけれど、これはまさにライオンさんそのものなんじゃないかななんてことを思ったのです。決して順風満帆ではなかった人生で出会った「小説」という表現手段。『二人の嘘』というベストセラー。遅咲きのランナーがまさにこれからスピードを上げようというその時期に、何の因果かステージ4。でも、ライオンさんがガンに勝って、また物語と向き合った時、それまでよりも大きな感動を生むドラマを紡げるんじゃないか。そんなことを考えながら、ひとまず今後どうするかを話し合うために、数日後に会う約束をしました。待ち合わせの店に到着したらライオンさんは既に席に座っていて、さすがに神妙な顔してその席に向かったのですが、テーブルの上にタバコ。
「さすがにタバコはやめなきゃダメですよ」
が第一声だったというのは笑える話なのか笑えない話なのかよくわかりませんが、「今さらタバコ一本で何も変わらないですよ」とライオンさん。「カッコつけてる場合じゃないでしょ」「いやいやタバコくらい」の押し問答の末、ライオンさんがポツリ。
「家族も悲しむし、やめようかな。ガンなんだもんな、俺」
そう言った時のライオンさんの横顔は今でも何だか覚えています。何かを決意したような、それでいて寂しそうな。その時期にライオンさんが取り組んでいた小説は『流氷の果て』。でも、私の中では「『六月の満月』をライオンさんに書いてもらう。そのためにできることをライオンさんと二人でやる」という決意が固まったのです。
↓『六月の満月』のあらすじ

と、またまた長くなったので、続きはまた近日中に。