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『六月の満月』(一雫ライオン)ができるまで①
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2026年3月下旬に一雫ライオンさんの長編小説『六月の満月』を刊行します。
流星舎として初めて刊行する書籍なので私にとっては特別な一冊ですし、「小説ってどうやって作ってんの?」と友人から聞かれることもあるので、記憶を辿って「『六月の満月』ができるまで」をまとめてみようと思います。
2021年、ライオンさんにとって初めての単行本となる長編小説『二人の嘘』を担当しました。この作品はありがたいことに何回か重版をかけることができ、映像化のお問い合わせも複数いただきました(編集者にとって嬉しいことの一つに「重版の連絡」というのがあります。何回もできると、かなり嬉しい)。初めてライオンさんとご一緒した仕事で結果を出せたので、もちろん「次作はどうします?」となります。これは作家によって色々なやり方があると思うのですが、ライオンさんは比較的短いプロットを用意してくださって、「こういうのを書こうかなと思っている」とプレゼンしてくれるタイプ。ライオンさんとは妙にウマがあったというか、時に軽口も叩く関係になれていたのですが、新しい作品の話をする時は、私も体のどこかが緊張している状態になります。
「六月の満月ってタイトル、どうですかね?」
A4の紙に書かれた短めのあらすじ。それに目を通したその瞬間、待ちきれずといった感じでライオンさんが呟きました。私はまだあらすじをしっかり読めてはいなかったのですが、何となくその音の響きに惹かれるものがあり、「いいタイトルですねえ」と答えた記憶があります。実は『二人の嘘』はプロット段階では違うタイトルでした。ゲラのやり取りをしている時に帯のコピーを考えて、それを見せる際に思い切ってタイトルを『二人の嘘』に変えてライオンさんにご提案したのですが、『六月の満月』に関しては「このタイトルで最後までいくんだろうな」とぼんやり思ったように記憶しています。
『六月の満月』のあらすじには、こう書かれていました。「光の方向へいこうとする三人が、運と因果に引きずられる物語」。ここで僕が聞いたのは、「運と因果に引きずられた三人は、それでもなお光の方向に向かうんですか? それとも闇の方向に向かってしまうんですか?」ということでした。これに対するライオンさんの回答が私にはすごい印象的だったのですが、それは作品のキモでもあるので、ここでは伏せさせていただきます。

その他、細かい点でもいくつか話をします。たとえば、
・登場人物は何歳くらいのイメージですか?
・物語の時代設定をいつですか?
・主人公がある行動を取るとされていますが、その動機は一体なんですか?
・主要登場人物の男と女をどういう風にして出会わせるんですか?
などなど。30代前半の男と20代後半の女が主要登場人物で、時代設定は2024年とか2025年とかそのあたり、そこにもう一人の登場人物が現れて……というふうに、物語の設定と輪郭を共有していきます。具体的なことだけでなく、「なんでライオンさんはこの物語を書こうと思ったんですか?」みたいな抽象的なことも聞いたりしました。
その段階ではライオンさんも細かい点に関して明確なイメージがあるわけではありません。その時点でイメージした設定は変わる可能性もあります。ただ、作家が「こういうの書こうかなと思っている」と言ってプロットを見せてくれたり語ってくれたりした際に、私が何となく意識しているのは「質問すること」かもしれません。質問に対する「答え」がなくても全然構わなくて、質問することで書き手の中で物語が膨らんだらこれ幸い、みたいな意識。そんなこんなのやり取りをする場所は、時に喫茶店だったり、時に居酒屋だったり。歩きながら何となく話すということだってありますし、ライオンさんから「こないだのプロットなんですけど」と言って新しくしたものを見せてくれることもあれば、私の方から話題にすることもあります。
当時ライオンさんは、『流氷の果て』という作品に取り掛かっていたので、その進捗状況を聞きながら、「いつから書き始めるか」を何となく話していきます。そんなふうにして、新作の話を進めていたある日、思ってもみなかったことが起きてしまいました。
……と、長くなってしまったので、続きはまた次回。